お侍様 小劇場

    “初秋の宵閨” (お侍 番外編 65)

 


昼間の温気がかすかに居残りつつも、
どこからか聞こえるは虫の声。
宵の中に香る草いきれの青さにも、
夏の鮮烈な冴えはひそめられ。
明かりを落とした閨の中、
ゆるやかな静謐がひたひたと満ちてゆく。

 「…っ。」

髪や身じろぎが敷布をこするか、
さらさらという秘やかな響きが、
時折強い かさついた音に変わるのは。
逃れようとしてのこと、
踵が綿布を擦る音だろか。
双腕の中に掻き抱いた愛しい存在。
どこもそこも柔らかく頼りない感触がし、
だが、
抱きすくめると、これ以上の存在感はなくて。
視野の中、華やかにうねるはつややかな金絲の流れ。

 「…しち。」
 「…っ。」

吐息の熱に甘く濡れた唇から、
切れ切れな笛の音のような、
こらえ切れないらしき声がこぼれ始める。
しなやかな背中が反り返り、
強い身じろぎで、自分の中の何かを押さえ込もうとする。
いやさ、どこかへ振り払いたいのかも知れぬ。

 「……勘兵衛様。」

ほのかに汗をまとった柔らかな肌は、
高級
(こうと)な絖絹のような感触がし。
その下にまとった筋骨は、ほどよく充実しており柔軟で。
なよやかな姫御前と違い、
こちらの屈強な肢体がのしかかっても びくともしないのが、
妙な安堵をくれもして。
無論のこと、大事にしない訳じゃあなく、
恣意的に振る舞うなんて 以
(も)っての外で。
そのどこもかしこも愛おしく、
唇で、指先で、手のひらで、
するすりと慰撫しての触れて回れば、

 「ぁ…あっ、」

熱をおびた肌が震え、
その熱を沈められた先の四肢が ひくりと跳ねる。
昼間の清楚な姿が、ともすれば痛々しいほどに乱れて歪み、
されど、苦役ではないと言いたいか、

 「…、んぅ…あ、ぁ…。」

何にか怯えたようになりながら、
されど、
溺れかかっているその身への、支えででもあるかのように、
こちらへしゃにむに しがみついてくる彼で。


  こんなにも愛しいと想う人はない。
  こんなにも至福を感じるときもない。






       ◇◇◇



面差しの端正さは言うに及ばず、
こうまで美しい肢体を勘兵衛はそうそう見たことがない。
真白な肌をのせた肢体は、どこもそこもたいそう均整が取れていて、
しかもそれは機能を伴って培われたしなやかな筋骨で。
必要とあらば、木刀どころか大太刀でも操って見せましょう、
胸板反らし、大きく振りかぶって、
的確に遠くへと長得物を投げもする。
体格に差がある相手でも、ぶん投げてしまえる組み手の心得もあって、
そんな鍛練によって作り上げられた身だと知っている。
強さや頼もしさのみならず、
相手を包み込むような、暖かさややさしさも体現出来得る彼なのは、
その身でたくさんの辛い想いや痛い想いをしたからなのかも。



 そんな彼を泣かせることはないとした筈が、思えばこれまで、一番泣かせて来たのも自分ではなかろうか。甘い余韻による酔いが、少しずつ少しずつ引いての今。懐ろに囲うようにした優しいお顔の頬へとこぼれた涙の跡を、そおっとそっと拭ってやりながら、

  ―― きつうしたか?

 何とかの一つ覚えではないが、そして事後の会話として これほど気の利かない一言もないのかもしれないが。夜ごとの睦みの中、息を切らし、怯えたようにまでなる痛々しさには、彼を誰より愛しいと思う身、そうと訊いてしまっても無理はなかろう。辛いのか? それとも、どこかで無理強いが過ぎてのこと、痛とうしておるか? いたわりの声をかけられて、とはいえ、

 「…いいえ、いいえ。」

 潤ませた目元も痛々しいまま、されど そうとしか応じぬ彼なのもまたいつものことで。ゆるゆるとかぶりを振り、上掛けをかぶって顔隠し、御主の懐ろへ隠れようとしかかるを。今宵は答えるまで許さぬと…それでも多少は加減しつつ引きはがし、顔をあらわにさせてしまうと、

 「…勘兵衛様。///////」

 これもまた、十分なお嬲りでございますとでも言いたいか。困ったように眉を下げるのが、実を言えば勘兵衛にも痛い。だがだが、このまま触れずに捨て置くのも気が収まらぬと。もはや後には引けぬという成り行きをこそ先杖にして、我を張っているように見せつつ、じいと見つめておれば。御主の深色の眼差しにはそもそも太刀打ちなど出来ない七郎次、それでも尚のことそのお顔を真っ赤に染めると、躊躇の現れ、何度も何度も視線を泳がせて見せてから、

 「本当に、勘兵衛様のせいではないのです。」
 「だが…。」
 「ですから、」

 畏れながらとお声を遮り、それだけ一気に言い切りたいらしかったのが、

 「わたしは、こんなにもいやらしい体をしておったのかと……。//////」

 それが何とも恥ずかしいのですと、お顔を背けてしまう彼であり。だがだが、そんな一大決心ものの告白をされた側はといえば、

   はい?、と

 合点が行かなくての、咄嗟な応じさえ出て来ない有り様。彼の言う“いやらしい”とは淫靡なという意味であろうと理解は出来る。だが、それがこの彼と一向につながらぬ。いつまでも恥じらいを捨て切れず、強烈な含羞みに苛まれてのこと、苦しそうになって乱れるのを耐える姿の何とも痛々しく、だのに煽情的であることか。そうと感じるこちらが淫靡なと言われるのなら、嬉しかないが認めざるを得なかろに。どうしてまた彼のほうが、我が身がそうじゃないかと案じてしまい、こうまで恥じ入っているのだろうか。

 「七郎次?」
 「ですから…。///////」

 あのあの、愛でていただくどれもこれも、痛いんじゃあない、辛いんじゃない。強いて言えば苦しいにあたるそれなのですが、

 「いや…なのではなく、あの、えと。///////」
 「シチ?」

 この男臭くて雄々しい肢体に組み敷かれ、強い肌に触れ、その下に燠こる熱を愛しい愛しいという慰撫と共にそそぎ込まれて。体の奥から湧き出した熱が、手指の先へと衝き抜けてゆく。その灼熱に体中が否応なく侵食されてゆくのは、いっそ快感であり。精悍な御主に毟るようにして全てを奪われる、その喜悦に総身が震える。こうまで濃厚な悦感が滲み出しほとばしるようになろうとは。

 「えと…あの。////////」

 言いようを思いつけぬのか、それだけはどうしても口には出来ぬか。さすがにここまで言われれば、何とはなくに察した勘兵衛。彼の口から言わせてみたくもあったけれど、

 「しち。」

 判ったもう良いと、言う代わりにその身を引き寄せて。懐ろ深くへ封じ込め、背中へ回した手のひらで、どうどうどうと撫でての宥める。確かにこれでは言葉での嬲り。居たたまれぬことを聞かせるのみならず、嫌がることを無理に言わせる手もあったとは。いやいや奥が深いわいと、妙なことへ開眼なされたことも置くとして。恥ずかしさからか汗の香が強まった、何とも蠱惑的な存在と化しつつある恋女房のお顔を覗き込み、

  これまでずっと、押さえ込んでおったからではないのか?
  ……はい?

 おずおずと見上げてくる彼へ、いたわるような眼差し向けて。壮年殿が言葉を重ねる。最も理性が撹拌される、蹂躙されるような仕打ちの中にあって、自分というもの無理から押さえ込み、乱れまいとし、求めまいとして来た彼だったから。そうやって押し込んでいた分も、今やっと解放されてのあふれ出てしまい、

 「奔放になってもいいとした今、
  例えば声を出さぬようにと、歯を食いしばってまではおるまい。」
 「えと…。///////」

 蚊の鳴くような声で“はい”と返した七郎次へ、

 「儂が言うのも妙なものだが、苦行だった部分がそうでなくなったのだ。」
 「あ…。///////」
 「そうなったことで、
  これまでとの落差が大きくなっただけのこと。」

 相も変わらず、慎ましやかに含羞むところの抜けぬは、誰より儂が知っておる。まだまだそうそう奔放を尽くしてもおらぬに、

 「それが、相当に淫靡な身なのかもなどとは、自惚れもはなはだしい。」
 「…勘兵衛様。////////」

 大威張りで言うことじゃあないのはお互い様ではないかと、だが、今の今では七郎次にも想いが及ばなかったらしくって。総身へ柔らかくまといつく上掛けの中、わざとに小難しいお顔をして見せる御主へ、やっとのこと、くすくすと微笑ってぴとりと寄り添い直した恋女房殿。大好きが嵩じても困ったとか悩ましいとかいう事象は尽きないものですねと、要らぬこと言い、お隣りさんに砂を吐かせる日が間近に来たることのないように。クギ刺しとかないと、大変ですぞ? 家長殿。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.09.05.


  *世間様で“95だからキュウゴの日”と盛り上がってなさるのに、
   それでなくとも“キュウの月”だのに。
   ウチでは何故だか“イツフタ”ネタを思いついちゃった、
   よう判らん、おばさんです。
   最近ヒョゴさんも扱ってる方なのにねぇ。

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